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100%伝えられない・・・もどかしさ
2007 / 08 / 24 ( Fri ) 17:28:52
ある聴者が聾者を知らないが故に聾者を傷つけてしまった。

そしてそれを有耶無耶にせずしっかり受け止め、本気で謝罪した。

それは声に表れている。表面だけ?形だけ?いや違う。本心から申し訳ないという声だった。形だけの声はいくら作ってもわかるものだ。でもその人は違った。

それを聞いた私は伝えるが、言葉だけしか伝える事が出来ない…とても残念だと思う。

その声のトーン、そしてとても丁寧な口調や言葉遣い、その声、言葉一つ一つに誠意が溢れていた。その人の人柄だろうか…

私は伝える。100%伝えたい。しかし言葉しか伝える事しかできない事がとても悲しくつらい。そんな自分に憤る…

どこまでその人の誠意が伝わったかな。

声を伝えたいけど、声は伝わらない…
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文化の壁、言葉の壁
2007 / 07 / 20 ( Fri ) 13:15:08
言葉の壁…
よく耳にする単語だ。
「言葉の壁は大きいよね」というセリフもよく聞く。

手話だけに限らず、世界各国言葉は違う。そんな言葉の違いや文化の違いを持ちつつ交流を深めるのにいつしか限界が生じる。それが壁なのだろう。


ある程度は互いに理解ができ、ある程度は互いに受入れることは出来る。
しかし奥深まってくればくるほどに互いに理解しにくくなり、互いに受入れにくくもなる。
そこで終わるか、事細かに打破していくかは個人の自由でもある。

しかし一つ一つを打破していくのは早々簡単なことでもない。一定の角度からではなく、色々な角度から見てみたり、自分の概念は捨て、あくまでも客観的に物事を考えなければならい。言うのは非常に簡単である。しかしこれを実践することはかなり困難であり、妥協しやすく挫折もしやすい。体の中に異物を入れるのと同じくらいに精神的にもダメージが生じる

何を難しいことを言っているのだろうと思う人もいるだろう。
しかし異文化を理解し受入れることの難しさにゴールはない。
表面的なものを、見える範囲のものを受入れるのは簡単なことであるが、それすら受入れない人もいることは確かである

「簡単なことよ」と言う人は多分浅瀬の魚しか見ていなかもしれない。
または深くても、沖縄の海のように透き通った海の魚を見ているのかも…

深海魚にはまだまだ謎の生命体が数多くある。
見えないところをすべて知ろうとしても、どんなに科学が発達しても限界がある。

なぜ私は海の魚に例えたのだろう…不思議だ…
そんなことはどうでもいっか…


今私は聾の文化の中にいる。

そしてたくさん学ぶ事がある。
この文化の中にいてどんなに自分はチッポケな人間であるかがわかる。自分の視野の狭いことに気が付く。
そして当たり前であることが、当たり前でないことも気づかされる。

聾文化に関わり始めてショックなことは多い。何故ショックなのかが最近分かった
それは文化が違うからとかではなく、自分が小さいからという事(体は大きいけど…)


聾文化に関わることは人生の分岐点でもあったかもしれない。
自分の固定概念だけで変わらず生きるか、またはたくさんの世界を知って自分の成長への道か。


聾文化の中に居る限り、聴文化で生きる私にとっては摩擦は起こり続けるであろう…
その摩擦を摩擦で終わるのではなく、摩擦によって火を興す術であることを自分のものとしていけるようにしたいものである

今回はちょっとばかしまじめに書いてみた


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もしも聴者だったら
2007 / 07 / 02 ( Mon ) 17:35:46
ここの事務所の広さは約9坪(10坪足らずくらい)の正方形の部屋。
机とか色々物を置いたら結構せまくなってくる。動き回れるスペースはもはや4坪くらいだ。

そんな事務所に先日わらわらと聾者が集まり、各自おしゃべりしていた。
決して集会でもなく、ミーティングでもなく、ただ偶然集まって来ただけであり、なんかあまりにも多いなと思いながら、事務所の隅っこで冷静に何人いるか数えてみたら11人もおった!!
うおぉおおおぉぉぉぉぉ


すると11人の聾達は4グループに分かれそれぞれおしゃべりをしている。仕事の話、プライベートの話と様々である。

その状況を見たとき、ある違和感が体全体を襲い始め
           「なんだこれは~この気持ちのわるい違和感!」

その違和感とは
ここにいるみんなが健聴者ならさぞかし“うるさい!”だろうなあと思った瞬間だ。

健聴者同士がそれぞれおしゃべりしていると、となりのグループがうるさいから、さらに声がでかくなって、さらに隣も聞こえないからまた声がでかくなる。そんな繰り返しだから部屋の中をすごいうるさい部屋になってしまうのは、健聴者にはよくある光景だが、聾者が11人もいて、個々がそれぞれ好き勝手にしゃべっているにもかかわらず、事務所の中は静だ。時折笑い声が聞こえたり、手話の手がパンってあたる音や体を叩くドンという音が聞こえるだけで、シーーーーーン

みんなおしゃべりしてるの?こんなに居てみんながしゃべっているのに、静だなんてけっこう間近でみたら違和感ありますよ。

聾ワールドではあたりまえだけど聴ワールドではありえましぇーーーん! 






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久々のUP
2007 / 06 / 29 ( Fri ) 17:32:39
久々にやってきました。我がブログ。
デフNetのHPに思い切りあったとは知らず、そっちのけ… 時々ブログ変わってないよ~と言われるのですが、「は!」と思いつつも忘れてしまうお馬鹿なbutakoでです。
たまに変わるのがまた味があっていいでしょ。
さぁ次はいつ変わるか乞うご期待!なーんちゃって

さてさて本題に行きます。今日は1つだけ書きこして帰ろっと!
テーマ… うーん…何しようか

        
       「ガラス越しの愛電話」  とでもしておきましょう


空港とかで見かけたことありませんか?恋人同士がガラス越しに電話で会話をしているシーン
空港で恋人同士が空港でお別れするとき、搭乗時間ギリギリまでLoveloveしていますよね。
でももう飛行機の出発の時間が…
諦めて搭乗口から入り検査を受けあとは飛行機に乗るだけ。
でも!まだ話したい!離れたくない!そんな恋人たちのために、ガラス越しに電話機を設置している空港があるんです。
向こう側の電話機とこちらの電話機は受話器を上げるとつながっていて会話ができるのです。
ガラス越しに手と手を合わせているカップルや←刑務所ちゃうねんで~自分たちの世界にどっぷりな為、ガラス越しにキスしている恋人や←汚いヤロー!!また家族もいますよね。お父さんと子供の会話だったり

なんで“聾の世界”なのにそんな話?なんて思う人もいるかもしれませんね。 何故なのでしょうか…私もよくわかりませんが、よーくそんなことを最近は思い出すのです。
私も若かりしき頃はまだスマートで恋人もいました。遠距離恋愛もしたことがありますので、その電話を使ったことがあります。その時代はまだ、携帯もありませんし、アナログ時代でしたので頻繁に連絡が取れるというわけでもありませんでしたからね(本当に若かったな)


ここの事務所はドアも前面ガラス、道路側も前面ガラス。ここで働いている聾者たちは見える範囲まで来たら立ち止まって、事務所の中と外でガラス越しに会話をします。まあそれはいいとしましょう。でもどうも腑に落ちないのが、出入り口のドア越しに会話をしているのです。どうも違和感があってたまりません。ちょっとで終わるならまだしも、結構長話しなんですよ・・・
ドア開ければいいのに、あける必要もないだろうけど、聴者には絶対ありえないし、ドアを開けないってことは、失礼ですよね。あなたを受入れません。話をしたくない意味。帰ってください。って極端に言えばそういうふうになるよね。
でも聾者はドアが開いていようが、閉まっていようが関係ないみたいです。とりあえず見えれば会話ができるから、ドアの開閉の存在はほとんどありません。
いつもいつも思います。ガラスのドア越しにおしゃべりをしている聾者を見たら、あければいいのに、なんで?と思いながらも、先日私もドアを開けずにずーーっっとガラス越しに聾者と会話をしていました。
あ~!私もやってしまった!と気がついたけど、会話に夢中でドアなんかまったく関係ありませんでした。聾者の気持が理解できた瞬間でした。

ちゃんちゃん

聾者にガラス越しの電話機は不要!見えればどこだって会話できちゃうもん!

テーマ:独り言 - ジャンル:ブログ

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